記事詳細

【ほや】ヘルパー時代の思い出

2007.09.13

今日は褥瘡(じょくそう)ができそうなほど座りっぱなしの私ですが、
3年半前までは登録型訪問介護員をしておりました。

港、品川、目黒、大田の4区を自転車でぐるぐる回る毎日。
あの頃はダイエットしなくてもよかったなぁ~。

なかでも一番遠かったのは赤坂のお宅です。
ビルの谷間にひっそりと建つ木造2階建て。
昭和初期に建てられたそうで、
90代の女性のお客様がおひとりで暮らしていらっしゃいました。
 
「あんた、うちが遠くて嫌にならないかい?」とか、
「あんたが自転車で事故に遭うんじゃないかと気がもめる」
と案じてくださる方でした。
 
なので、自転車は少し離れたところに停めて、
電車で通っていることにしていました。

当時は、介護保険がまだおおらかに運用されていた時代でした。
 
私のほかに毎日1時間半、夕食調理のサービスがあり、
他社のヘルパーさんが担当していましたが、
「ヘルパーさんがいるのに私だけご飯食べるなんて、喉がつっかえちゃうよ!!」
とのご希望に応じ、皆さん2人分調理して一緒に食べていました。

サービス提供責任者もケアマネもOKしていたんですから、
まったく本当にのんきな時代です。

私も 「あんたもお昼食べていかなきゃダメ!!」
とのご希望をかわしつつ、
レギュラーコーヒーを入れてご一緒するので許していただいていました。

この方には、とにかくお掃除をしっかり教えていただきました。
年代物のお宅なので、ちょっとの手抜きが後にひびくのです。
 
ハタキをかけて、掃除機かけて、きれいな雑巾で水拭き、カラ拭き。
掃除機以外はご自分でお手本を見せてくださいました。
流しには水滴を一滴たりとも残さない! 
なんてことも知らないダメヘルパーに、怒りもせずによく教えてくださったと思います。

私も、一つ一つが新鮮やら面白いやらで。
今思うと、ちょっとやり過ぎなくらい掃除しました。

サービス提供責任者として事務所に入ることになったとき、
一番喜んでくださったのは、このお客様でした。

「うちから人が育っていくのはうれしいよ」と。
 私も涙が出るほどうれしかったです。
「お祝いに万年筆あげようか」
とのお申し出はかたくご辞退しましたが……。

その年の大晦日。
その方は持病が急に悪化して亡くなったと聞きました。
つい1ヶ月前まで、おひとりで外出できていたのに。

あまりにもあっけなく、悲しかったですが、
最後まで寝たきりにも認知症にもならずに生ききられたことが、
とても立派に思えました。

先日、他用で赤坂に行ったとき、思いついて、お宅の前に行ってみました。
(もう壊されてしまったかも……)と思いながら角を曲がったら。
お蕎麦屋さんになっていました!

外壁を塗り替え、間取りも少し変わっていますが、
お宅のかたちはそのままです。

開店前の時間帯だったので、入口からそっと覗かせてもらいました。
ワイワイ言いながら一緒に磨いた階段が、前と変わらず光っていました。

ぐるめサイトにも載っていて、なかなか美味しいお蕎麦屋さんのようです。
今度は私がお客さんになって行ってみようと思います

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://www.yasashiite.com/cmt/mt-tb.cgi/1435