2007.08 の記事一覧

地震大国ニッポン!

2007.08.28

この半年間、能登半島・新潟と大きな地震が続き、
小型に至っては数え切れないほど・・・・。
週刊誌などでも「イザという時にこれだけは用意!」と、
防災グッズの掲載が目につく。

巨大地震発生の時に、もし地下鉄に乗っていたら? 
自動車に乗って移動中だったら?・・・と、誰でも不安がつきないだろう。

私の目下の心配は、
「歌舞伎座にいたら、果たして脱出できるのだろうか?」なのである。
戦争中に空襲で焼けた歌舞伎座は、
昭和26年に再建されたが、その後も増改築している。
マックス2000人強まで収容できる巨大劇場だ。

普通の劇場と異なり、2階席・3階席も多く、
地震の際の倒壊・落下の危険が大きい。

さらに人気演目の時は,
4階の幕身席(天井桟敷)の欄干に人がすずなりに群れ、
普段ですら桟敷ごと下に落ちてしまうのではと心配するくらい、
観客が入ることがある。

建築法上、限界すれすれと思うし、
しかも築50年以上たっているので、
「2,3年後には建替えないと、巨大地震の時に危険」と、
以前から言われている。

そして先日、ついに恐れていた事態がやってきた。
8月18日(土)午後1時40分頃、納涼歌舞伎を観劇中、
突然3階席がユサユサと揺れた。
(帰宅後調べたら、中央区あたりでは震度1だったそうだ。)
3階の観客達は口々に「地震だ」と顔を見合わせ、騒然となる。

私はいつも「3階東袖の端」に座っている。
東袖とは分かりやすくいうと、
舞台に向かって右側の壁際に2列張り出された座席だ。
そこは料金が安くて、しかも花道が見えるおトクな席で、
毎月先行予約でしか買えない。

舞台を見ると、女形の中村福助さんが優雅に踊っていた。
まるで地震に気づかないかのように踊る彼の上に、
はらはらと紙ふぶきが舞い、
その紙片は照明のせいで、金色にキラキラ輝いていた!

なんという心憎い演出か!と思っていたら、
それは舞台の上のホコリだった。
トホホ・・・。

役者は小屋(劇場)が倒壊するまで踊り続けるのかと、
一瞬思いながら、舞台を見続けた。


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Viva! 上方歌舞伎

2007.08.14

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大阪松竹座7月公演
昼の部 : 「鳴神」「橋弁慶」「義経千本桜(渡海屋・大物浦)」
夜の部 : 「鳥辺山心中」「身替座禅」「女殺油地獄」


2年前の3月国立劇場で、
上方の歌舞伎役者 六代目片岡愛之助(松嶋屋)にはまり、
京阪にも歌舞伎観劇に出かけるようになった。


この愛之助、実は歌舞伎役者の家に生まれていない

一般家庭出身で、子役から13代片岡仁左衛門に弟子入りし、
20歳の時に次男秀太郎の養子となった。

歌舞伎界では名門の家に生まれ、後ろ盾(父親)が有力者でないと、
実力があっても、若い時から良い役をやらせてもらえない。


20代の頃は役つきが悪かったし
、第一、関西には歌舞伎の公演自体が少なかったという。
30を越える頃から才能や研鑚が認められ、
次第に人気が出て、良い役がつくようになった。


この7月大阪松竹座では、
六幕のうち、最多の5役を演じることになった。
ところが月半ばに、市川海老蔵が風呂場で足をケガして降板。

急遽翌日から、代役として「鳴神」にも出ることになった。

しかも初めての役である。
千穐楽まで、主役を3幕、脇を3幕と出ずっぱりになってしまった。

「歌舞伎役者が超人的に凄い」と思うのは、こうした緊急事態になっても、
翌日までに台詞も所作もしっかり覚えて、何事も無く演じてしまう所だ。

愛之助の「鳴神」を見ることができて、贔屓(ひいき)としては思わぬ儲けものであった。

江戸歌舞伎の代表作の一つ「鳴神」を上方役者の彼が演じられるのか、
観る前は正直不安であったが、江戸の御曹司たちに遜色なく立派に舞台を勤めていた。


この役者を観るたびに、
「人生における数奇な出会い」や
「少ないチャンスを生かせるように精進し続ける大切さ」
をいつも感じさせる。


9月には同じ大阪松竹座で、
「蝉しぐれ」(藤沢周平原作)の牧 文四郎を主演する。


TVの内野聖陽、映画の市川染五郎に続いて、
舞台で愛之助がどう演じるか楽しみである。

法善寺横丁

2007.08.10

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にぎやかな道頓堀から一歩奥に入ると、
法善寺横丁の看板がかかった細い路地が続く。

看板の文字は、関西喜劇の大御所として有名だった
藤山寛美(藤山直美の父)の書という。

早朝に歩くと、しっとりとした静けさをただよわせ、
打ち水で濡れた石畳は独特の風情を醸し出している。

法善寺横丁は
昭和初期の人情喜劇小説「夫婦善哉」(めおとぜんざい)の舞台として知られている。

小料理屋「正弁丹吾亭」の前に、
作者の織田作之助の碑「行き暮れてここが思案の善哉かな」がある。

法善寺は「水かけ不動さん」の名で親しまれ、
その門前に小料理屋・バー・レストラン等が軒を並べてひしめき合い、
夜にはまた別の顔を見せる浪花情緒あふれる一角である。

私は大阪に着くと、必ず法善寺境内を見て回り、
線香の香りを楽しむようにしている。

猫のひたいのように狭いが、
境内をそぞろ歩くのは気持ちがいい。

その隣にあるのが、小説にも登場する甘味処「夫婦善哉」。
まだ一度も食したことがないが「ぜんざい」の他、
関西風の「みそおでん」が美味しいとのことだ。


前夜に深夜バスに乗り、
大阪なんばのバスターミナルに到着するのが朝7時ごろ。

道頓堀・法善寺横町をぶらついた後、朝食を取りながら芝居の台本を読み、
劇場の開場時間(10時30分)までの時間を過ごす。


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次回は「大阪松竹座 7月大歌舞伎」について、簡単にコメントをします。

道頓堀の喧騒

2007.08.08

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道頓堀中央に、ひときわ目をひくのは「動くかに道楽」の看板

海鮮料理専門店で、往来を歩く通行人向けにかに寿司や、
かに弁当なども販売している。

「大阪松竹座」斜め前にあるため、劇場内の食事に購入する人も多い。
味はまあまあだが、値段のわりに量が少なめかな。

「中で人が自転車で必死に漕いで動かしている」という言い伝えがあるが、
それは真っ赤なウソ。
でも奇怪なカニの手足の動きを見ると「さもありなん」とつい思ってしまう。

2003年の阪神タイガース優勝騒ぎで、
暴徒化したファンがカニ看板によじ登り、目玉をもぎ取られて、
阪神タイガースの旗が刺される事件があった。

阪神タイガース優勝には、道頓堀川に飛び込む人が後を絶たず、
「カーネルおじさんの呪い」(※)やら「くいだおれ人形の受難」とか騒動がつきもので、
良くも悪くも派手ではっちゃけた大阪人気質を感じさせる。

※ 1985年の優勝時は、ケンタッキーフライドチキンのマスコット人形が
道頓堀川に投げ込まれたり、隠されたりした。
怒ったカーネル・サンダースが、
その後18年間阪神タイガースを優勝させなかったという
冗談のような都市伝説というか、笑い話。

往来を歩くと蛇や魚の極彩色の看板が目立ち、
極楽戎神社」など人目を引くパブリシティが多い。
また客寄せのため、サンドイッチマンよろしく旗を持つ人もいる。

土産物店では「おおきに」「ほな、またね」等など早口の大阪弁が飛び交う。
路上にはせかせか歩く人や、
大袈裟なジェスチャーでガナリたてている人を見かける。

たかだか500m前後の道頓堀の街並だが、都市の喧騒と猥雑さが同居し、
日本一「けったいな街だ」と、私は思っている。

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次回は、道頓堀の裏にある「法善横丁の静けさ」をご紹介します。

くいだおれ人形

2007.08.07

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大阪道頓堀名物の一つに「くいだおれ人形」があるのをご存知でしょうか。


TVのバラエティ番組等で一度は目にした方も多いと思いますが、
大阪ミナミ(道頓堀)のど真ん中にあり、
観光客の記念写真撮影スポットとして知られています。


正確には「くいだおれ太郎」で、
飲食店の広告塔として1950年ごろから御目見えしていましたが,
1990年代以降マスコミに取り上げられ、全国的に知名度がアップしました。


大阪文化を代表する「文楽人形」のからくりをまねて作られ、
電動仕掛けで太鼓を叩いたり、鐘を鳴らす・首を振る・口パクするなど、
なかなか愛嬌のある人形です。


顏が元阪神タイガースの亀山 努選手にちょっと似ています。
そのためか阪神タイガースが優勝しそうになると、
熱狂的なファンによって道頓堀に投げ捨てられるのではないかと、
店の人は戦々恐々なのだそうです。


今回大阪に行った時は表通りだけでなく、
裏通りに新装開店した西洋料理店にも「ウラ・くいだおれ人形」(くいだおれ楽太郎)が御目見えしていました。
でも表に比べると、華やかさに欠け、心なしか寂しそうでした。


ちなみに「食い倒れ」とは
「ぜいたくな飲食のために財産を無くすこと」(新明解国語辞典)。


新鮮な魚介類がふんだんに手に入る大阪は、
江戸時代から「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」という言葉が定着するほど
「美食の都」として知られています。


道頓堀にはcolorfulで奇抜な飲食店の看板が多く、
夜になるとネオンの極彩色が大阪ミナミの街を染め上げます。


次回は気になる看板をご紹介します。

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大阪道頓堀

2007.08.06

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7月21日土曜日に日帰りで大阪に遊びに行った。
目的は道頓堀にある「大阪松竹座」(写真上)での歌舞伎観劇のためで、年4回は大阪に足を運ぶ。

正確に言えば20日深夜に新宿発の長距離バスに乗り、明け方7時頃、大阪なんばに到着。
その日の夜11時ごろ大阪発の深夜バスに乗り、明け方新宿に到着するという強行軍だ。

なぜそんなむちゃをするかというと・・・

朝11時から昼の部・夜の部を見て夜9時過ぎに芝居がはねて、帰京しようとすると、夜の新幹線最終に間に合わないので、いつも長距離バスを使う。

交通費が新幹線往復3万円に対して、往復5,000円で済むところも魅力の一つだ。


朝の道頓堀はけだるいが、それが大阪に来たという実感を感じさせる。
道頓堀沿いに、劇場・映画館・寄席・飲食店が所狭しと軒を連ね、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような通りだ。
看板などもド派手で、東京で言えば新宿歌舞伎町のような猥雑な雰囲気に満ちている。

そんなわけで、明日以降も少しずつ、道頓堀の街並を紹介していきます。

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